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不明

神楽坂の die Pratze で 室伏鴻 のソロを観る。
客席にものすごい人、あふれかえっていて、座布団席になってしまった。それでも目の前で観れたので結果的にとても良かった。
舞踏=(昔はホントウだったのかもしれないけど今は)インチキという考えを見事に破壊してくれた、とんでもない踊りだった。
のっけから柱を起点に仰向けに倒れ、後頭部で着地!客のつかみが上手くて、“芸術”を芸能で切り崩すスタンスがカッコ良い。前半では特に、体をあまり動かさずにいる間、まるで皮膚の袋の中を巨大な別の生命体がうごめいてでもいるかのように、ある部分は緊張してこわばり、他方ある部分はあからさまに弛緩し、この両極がどう見ても異常な仕方で布置されていく様が衝撃的だった。この人は絶えず呼吸とともに奇妙な声とも呼びがたい声を発し続けているのだが、さらに比較的早い段階で、予想外にも、しゃべった!
観客との対話なのか何なのかわからない関係をもてあそびつつ展開される猛烈な苦渋をたたえた必死のパフォーマンスに、この明らかに“踊り”“ダンス”という言葉の常識的な語義を逸脱した昨今のアートフォームの精髄と共に、身体なるものの捉えがたさを身に沁みて感じた。
室伏は一体“何を”やっているのか、我々は一体“何を”観て“何に”感動しているのか、こうしたこと一切のわからなさが徹底的に明確にされた気がする。ともかく最初から最後まで重要な場面が連続した。これは重要な場面がいくつもプログラムされているというよりも、室伏の身体と観客の知覚が時間を追って多様な(危機的)局面を次々に迎えていく、そんな感じで、その一つ一つは明らかに事件性を帯びており、それを見ることは紛れもない“目撃”であったように思う。時間が許せば次の日も駆けつけただろうが、今回は断念。来年の公演を楽しみに待とうと思う。

November 22, 2000
桜井圭介の掲示板への投稿より

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