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大地に根を生やすことのないノマド。
室伏鴻の肉体と引越しの関係

細川周平

世の中には「住む」ことに見放された人がいる。決して悪意ある人間ではないし、周りからも充分な理解を得ているはずなのに、家にだけは運のない人がいる。友人の室伏鴻がそんな奴だ。

78年にパリでの昨今の舞踏ブームの口火を切ることになる「最後のエデン」を、カレ・シルビア・モンフォールで打って以来、パリと東京を往復する生活が始まったのだが、住む所だけはついていないというか、家のほうが彼を避けている節すらある。パリのすみかは、この四、五年、モンパルナス・タワーとモンパルナス墓地の見える、ゲテ街の古びたアパルトマンの六階の屋根裏部屋だった。その住み慣れたはずの部屋が、おととし、何度も賊に破られ、たまりかねて去年の暮れ、引き払うに至った。彼がヨーロッパ・ツアーで長く留守にすることを知っての侵入で、鍵をいくら厳重にしても、こじあけられてしまい、あとは鍵を使っても入れない部屋にするしかない、というぐらいで、そのしつこさ、徹底ぶりは日本のこそどろの比ではない。家に関する不幸は、パリに限ったことではない。実は、10年以上前には、アパートを焼いていて、それまでの様々な持ち物を失ってしまったこともあるそうだし、(彼の本の中には、だから半分黒こげになっているものも何冊かある)、東京に帰ってくるたびに、新たに部屋を借りるのだが、二ヶ月ぐらい住むと、再びパリに戻るため、友人に代わりに住まわせたりするが、気にいらず、次の引越しの準備を仲間に任せていそいそと成田へ向かう、という具合で、未だに定住の場を持たない。

こうしたおそらくは偶然的なエピソードが、彼の舞踏自体に反映していることに気がついたのは、今年の3月、池袋のスタジオ200で、五年ぶりの日本公演「漂泊する肉体」を見た時のことだった。

一言でいって、彼は大地に根を生やすことのないノマドだとその時、実感したのだ。ノマドというのは、流行語になってしまい、だれしもが願望と憧憬をこめてそれを語る風潮にある。だがその実、ノマドには単にいろいろな分野をつまみぐいしたり、あちこちのクラブ(スイミング・クラブを含めて)に出没したりという程度の、ヤッピーの常套的なライフスタイルを、いくらか「野性味」を加えて表現するぐらいのことでしかなくなっている。所詮は確固たる家をもつ定住者のアウトトア願望でしかない。しかし室伏鴻は「家なき子」(漂泊?放浪?)という、生活上のノマドである以上に、肉体の表現者としてノマド的なのだ。塩を一面にしき、その白いじゅうたんの上に白い踏み台をおいただけの舞台。白は山海塾や白虎社を思い出すまでもなく、暗黒舞踏の基本的な色だが、室伏の白は、過度に儀式性を強調し、そのために東洋コンプレックスのガイジンのエクゾチズムを刺激せずにおれない山海塾の白と異なり、まず物質としての白、塩の白さである。始めは何か分からなかった観客も、それが砂でもめりけん粉でもなく、塩であることに、次第に気がついてくる。つまりその上を転がり、ジャンプし、うずくまるうちに舞踏手の目が赤くなり、どうやらひりひりとした炎熱を帯びているらしい、と伝わってくるからだ。痛感を伴った舞台といってもよい。観客は知らず知らず、彼の生理の中に巻き込まれ、皮膚の一部となっていく。暗黒舞踏がもっていた日本の大地への執着、民族的なアイデンティティーへの回帰、というベクトルが希薄であるぶん、個としての肉体への関心が濃厚だ。例えば、彼の曲線的な体が描く獣のしなやかなポーズ、それは形態の模倣ではなく、獣の内的なリズム、獲物を狙うときの緊張感、森の中の疾走を一瞬の筋肉の収縮によって表現したものである。彼の体がこのうえなく美しく輝くのは、腰が重力の魔から開放され、皮膚がナイフのように鋭く空間を切り裂く瞬間なのだ。

ノマドという言葉は、こうした張力の感じられる空間をわずかな身振りによって創造できる人に与えられなくてはならないだろう。それはただ野放図に戯れ、軽やかさという妙な合言葉にうなずくことではなく、緊迫した「気配」をあたりに漂わせることのできる人に捧げられる称号なのだ。

室伏鴻が私生活において、たえず空間の確保に苦労している(?)ことと、その舞台とは無関係ではない。

1986

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