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A memorial address from Angers

ライサ・キムとCNDC の生徒達

鴻へ、
私のダンスのアイドル
鴻と共有し、過ごした1ヶ月のおかげで、私は自分の「ダンス」に関して、どこに進もうとしているのか理解することができました。
鴻のダンス、言葉、熱狂、外面も内面も見通す視線は、私がダンスを作る上での手掛かりになったのです。
あなたは発たれてしまった、けれど、いつもそこにいる。
共に舞台で踊りたかった。
ボディニエの大スタジオで、共に踊り、悪戦苦闘した日々
私の身体と魂は鴻と旅をしていました。
私は相変わらず「倦怠」について、「倦怠」から作品を作っていくのだろうと思います。

あなたの友、ティディアニ


2006年11月、鴻は『クイックシルバー』の上演前にアバトワール・スタジオに私を呼びました。あなたは「スティーヴン、背中に銀の塗料を塗ってくれないか?」と言い、私はあなたの背中を塗りましたね。あなたと時間を過ごせたことは、なんという幸運だったでしょうか。
皆様にキスを!

スティーヴン・シャン│​アンジェ国立現代舞踊センター2007年度課程生


永続的な変容のモニュメント。
極限のスローモーションと速度からなる室伏鴻のダンスは、人間の目にはほとんど捉えがたい革命です。そのダンスは私のアルカイックな想像力を、あらゆる動物以前の動物についての、捉えがたいフォルムと色彩の想像力を揺さぶります。
全てを包み込むようであると同時に、唐突でアイロニックなユーモアの一撃。鴻はCNDCで交流した全ての生徒たちに、決して消えることのない痕跡を残しています。あなたのおかげで、生徒たちのダンスは様々な風景を得て豊かになり、個々人の深淵との結びつきを強めていくことができました。そして私も、鴻とアンジェでの日々を過ごしたことによって、以前とは世界の見方が変わったように思います。

ソフィ・レサール│​​アンジェ国立現代舞踊センター教員


ギリシアにとって歴史的な出来事である国民投票の数日前に、そして、コンテンポラリーダンスの歴史的な出来事である室伏鴻の死の数週間後にこの文章を書いています。

5月16日土曜日に、鴻、あなたと喜美子と私とで、ロンドンでフィッシュ・アンド・チップスを食べましたね。鴻は身体について、鴻自身の身体について話してくれました。テイト・モダンでのパフォーマンスを行った鴻の身体は、美術館の新自由主義的なポリティクスとその来場者の消費の習慣に対する抵抗であったと。

テイト・モダンでの鴻の身体の抵抗は、死を踊ることに生を捧げた鴻のダンスによって表明されていたのだと思います。それは私の身体とは全く異なるものであり、鴻の生き様そのもののようでもありました。喜美子はシンプルに生きる唯一人の男として、シンプルかつ普通ではない生き様を持つ何者かとして鴻について私に語ってくれましたね。よりよく人生を使い尽くすために、身体の苦痛さえも強いる現代のシニシズムにもかかわらず、私は鴻が消え去った数週間後の今日に、その思い出を手離さずに持ち続けることを試みたいと思います。他人とは全く別のやり方で生き抜いた人物への追憶を。
よき旅路を、鴻

レニオ・カクレア│​​アンジェ国立現代舞踊センター2005-07年度生


呼吸をする何者か、鴻は世界で最も重要な人物であり重要な振付家です。フランスで、イスタンブールで、ウィーンで、アンジェのアパートで、ニジンスキーの『牧神の午後』に関して「セックス、セックス、セックス」と言いながら共に過ごした全ての瞬間、私は鴻が大好きでした。彼の微笑、彼の煙草……。あなたのおかげで、私はダンスを好きになりました……

心の中で鴻とともに居られるように、この夏、ウィーンのインプルスタンツに我が子たちを連れて赴こうと思います。全ての振付家とダンサーたち共に…。

皆様にキスを。

あなたと創った私のソロ作品『リュク・ルック・リュックリー(Luc Look Luckely)』(2006)のことを思いつつ。鴻、ありがとう…。

ディレク・デルヴィソグル・シャン│​アンジェ国立現代舞踊センター2005-07年度生


鴻、
私が想像するに、あなたはCNDCの生徒たちとともに稽古をした時と同様に、転倒の動作の一つを行ったのでしょう。特にスタジオ・ボディニエで、使い古された、しかし、頑丈な床の上でこのエクササイズを行いましたね。転び、跳躍し、踵を返す様子は、まるで鳥の軽さを携えた猫のようでした。
 アンジェにあなたが来ることは、いつも学校の日常とは異なる特別な出来事だったことを思い出します。細やかな配慮とともに準備されたワークセッションは、生徒たちが待ち望んでいたものであり、私たちの間では「入浴」と呼ばれていました。より東洋へと向けて進むことは、フランスやスペインのナバラ、さらにその向こう側の国や地域からやってきた若い生徒たちにとって、1つのエキゾティズムの体験だったといえるでしょう。
あなたが初めてアンジェに教えに来た時、あなたと生成過程にある若きアーティストたちである学生との出会いが何を生み出すのか全く予想もつきませんでした。
そして、あなたを見た多くの者が共有した第一印象は、微笑を携えて、活気と溌剌さに満ちていて、子供っぽい悪戯を企てているような人物だったのではないかと思います。生徒たちにとって、あなたとの稽古は、彷徨であり、発見であり、向こう見ずな賭けであり、自己の超越、自由の領土、内省、新しい言語、想像力の投影でもあり、あるいはこれら全てが同時に起こっていたのだろうと思われます。それは、生徒たちがあなたとともに企てることのできた感覚的なるものの実験でした。

あなたのアンジェへの来訪は、必然的にバジルの存在とも切り離すことができません。パトリックの素晴らしい直観と采配による組み合わせと言えるでしょう。映画狂で日仏二言語に通じたバジルは、あなたの影であり、共振者でもありました。大きなスエットパーカーを身につけたバジルと、タイトなベージュのレインコートを着たあなた方二人の姿は、相乗効果もあって、アンジェの小道の中で特異なシルエットを浮かび上がらせていたと思います。終わりがないように思われた夜の議論は渦巻く煙草の煙のなかに浸され、固く結ばれたこの秘密の友情が(というのも2人は日本語で話していたので)、アンジェでのワークショップの独特の状態も作り出していました。

あなたの巧みで鋭い眼差しの下に監修された生徒たちのプロジェクトは、私たちを驚かせ、面食らわせ、はぐらかし、喜ばせたものでした。それぞれのプロジェクトには、横溢するエネルギー、形式の自由さ、抉り抜かれたもの、空洞、際立ったもの、閃光が見られたのです。彼らにとって自己の内奥に触れる神聖な過程でした。

私たちは皆それぞれが、あなたのダンスにその方法をお借りしました。そしてその刻印は現在、常に、とても美しく、生き生きしたものとしてフランスやナヴァル、さらに遠くにまで広がっています。

あなたは写真を撮るのが好きでしたね。私の写った写真が1枚あります。それは初めて出会った時のものです。私はその時を思い出しながら、この写真を見ています。それは生徒の家でのパーティで、イザベルやダニエル、パーティ好きな生徒たち皆が集まっていて、そこで撮られたみんなの写真です。鴻は、中央前方にいて、陽気でリラックスしていて、そこにいることを誇らしそうにしていています。その周りを愉快で朗らかで、おどけていて、上機嫌な生徒たちが取り囲んでいます。この写真が今も変わらず好きです。

ライッサ・キム│​アンジェ国立現代舞踊センター2005-2012年度コーディネーター

translation
越智雄磨
2015
『〈外〉へ!〈交通〉へ!』