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栄光の舞踏刑に処された男

麿赤児

室伏鴻の訃報をパリの劇場で、本番終演後の楽屋で聞いた。
絶句した……。ああー室伏鴻よ、お前もか!
その後、いくつかの取材や、親しく会う人ごとに室伏、君を悼む言葉を聞いた。私と君の関係や君の活動を、浅くも深くもそれなりに理解している人たちだ。

世界各地に舞踏家・室伏鴻を知る人は大勢いるが、ことに君はこのフランスとは縁が深い。大駱駝艦では、天児牛大の「山海塾」に先駆け、約40年前、室伏鴻の「背火」がカルロッタ池田の「アリアドーネの会」と共に7、8人のメンバーを引き連れて、ほとんど何の保障もないままパリに乗り込んだのだが、数年は辛酸と苦渋の日々であった。それは開拓者としての宿命とも言えるが、生半可なことではなかった。当時、私はまるで鉄砲玉のようにして彼等をパリに送り込み、その苦労を強いたような気持ちになり、盟友・我妻忠光に助っ人として急遽パリに飛んでもらった。彼の尽力もあり、それから事態は好転し始めた。そしてパリからヨーロッパ全土に舞踏の礎をコツコツと築いていったのだ。
しかし、カルロッタ池田、我妻忠光、そして君、室伏鴻までもがこの1年の間にたて続けに逝ってしまうとは。これはまた何という因縁なのだろうかと、思わずにはいられない。ひと仕事が終わったということだろうか。否、君たちにはまだまだ開くべき地平があったはずだ。おおー室伏よ!我妻よ!池田よ。

君が逝って数日後、そのようなことを想い巡らせながら、モンマルトルの石畳の坂をフラフラ歩き、ギュスターブ・モロー美術館を訪れた。その回廊を巡るうちに、ハタと室伏鴻、君に出会ったのだ。瓦礫のカウカソス山の頂きで、君は後ろ手に縛られ、ハゲタカに内臓を喰いちぎられ、血を流していたのだ。咄嗟に、この場のこの絵の前に、君が私を招いたのだと承知した。
君はニコリとうなずき、言う。
「この俺の様を見よ!」
私は暫し唖然としたが、気を取り直して問う。
「誰が君をこのようにしたのだ」
「俺自身だ」
「どんな罪でこのような罰を受けるのか」
「ハハハハハッ、マロさんはまだ浅いなあ。俺には罪も罰もないよ」
「むっ……? しかし苦しいだろう」
「苦しい、耐えられない。だが飢えたハゲタカが俺をむさぼり、満たされているのを見ることが出来る。腹を満たしたハゲタカが青空を羽ばたいているのが見える。俺の血が大地に流れ、乾いた土を潤しているのを感じる。雨・風が苦痛と癒しを同時に運んでくる」
「……つまりは犠牲体なのか、それともマゾヒストか、或いは悲惨芸人か、自身を無垢そのモノと言うのか」
「その全てであって、その全てではない。俺はこの場のこの状態をじっくり味わっている。それは飢えた俺自身のエサでもある。が、そのことさえ俺は否定する」
「何故、そこまで臨界に在ろうとする」
「ハハハハハッ、またマロさんは間抜けたことを言う。俺にそれを言わせないでくれ。馬鹿馬鹿しい!」
君はうめきながらも笑みを浮かべ、虚空を見上げている。
私はそれを凝視して立ちすくみ、その金縛りから逃げるように軽さを装い、君に言う。
「なあ、歌を唄ってくれよ」
「いいですよっ」
と如何にも気軽に、縛られたまま血を流しながら、唸るように例の低音で
「およしなさいよ~無駄なこと~」
思わず私も唱和している。
「座頭市か、いいね~。君がフランスでミイラになってこの歌を唄いながら踊って大評判になっていると、土方さんは大笑いして喜んでいたよ」
その君の踊る姿態を想い、私も我が意を得たりと大いに笑ったものだが、その後君に聞いたら、歌は唄っていないと言う。ちょっとがっかりしたが、それこそ君らしいとも思った。君はそういう“出口”は決して選ばない男だからな。
そう、君は何も選ばない。あらゆる有り体の概念や方法を知り尽していながら、何1つ選ぼうとしない。誰かが君に貼り付けようとするレッテルを剥がし、全てを破り捨て、燃やしてしまう。かつて私は君の中に“火の魂”を見て、「背火」と言うレッテルを貼り付けたが、その“火の魂”故にそれさえ燃やし尽くそうとした。むしろ室伏鴻と言う火に油を注いだのは私だったのかも知れないなと思うと、私と君の距離はより近くなるのだ。そうしてその火に焼かれても良いとも思っているのだ。私は熱に浮かされたように、その絵の中の君に近付き、君の手を縛っている紐をほどこうとした。突然「ヤメロ!」と君は大声で語気強く叫んだ。
「俺は永く永くこの状態の中で覚醒したのだ。今さら手足をバタつかせた自由などまっぴらだ。俺はこの状態で充分に自由だ。それをマロさんに伝えたかった……。ハハハハハッ、ところでマロさん、見事に引っかかりましたね。これは俺であって決して俺ではないですよ!ハハハハハッ……」
室伏の笑い声が美術館に響き渡り、私は入り込んでいた迷路からドッと放り出され、大きな窓から差し込む陽光の中に佇んでいた。
……そうだな、生身の君は、そしてその舞踏はこんな絵空事ではないな……もっともっと具体的だよな……。
私は君が歩んだ荒野の軌跡を、君が何と言おうと、舞踏の神話の1つの祖型として語ることを選ぶぜ。
まさに君は見事に舞踏刑に殉じたのだ。

また会おうぜ。

2015
『<外>へ!<交通>へ!』