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<外>の舞踏宣言 プロローグ

1986

from Diary

宣言はくりかえし宣言されなければならない。
宣言されたものにいつもわずかに遅延するようにして。
なぜなら 君か 僕の肉体こそ たえざる生きる宣言でなくてなんだろう。

外にこだわりつづけること 一方的に。
それが一方的であるから 他方の外を孕み持とうとするのだ。

外とは何か。或る者はこう言い、又、或る者はかく言う。
かく言う外とは、それらの複数の声によって照射されるところの、すなわち絶対的に単一的に名ざされることから外れてゆくところのなにものか、未名の<常闇形> 非文の<肉体>。

なぜ<舞踏>をはじめたのかとしばしば問われた。
かつて何度「<土方巽>を見たから」と答えたその土方は死んだ。

1986年が明けて、唐突に掻き消えるようにして亡くなった。今、彼によって始まった<舞踏>は、彼とともに葬り去られてよい。慎んで<舞踏の祖>という冠名を戴いた彼の晩年の不本意に哀悼の意を表したい。それと同時に、彼が<土方巽>の名に於て、あるいは<暗黒舞踏>の名に於て語りつがれてゆくことの「外」で、その固有名詞によって代名されえなかったものにこだわること。
看板は外されたが、外されたことによって露らわになるもの。看板がかかげられたとき、既にその看板の外へとはみだしたものの無名に於てこそ、私は舞踏を選んだ……。ゆえに、外にこだわることは、その無名、未だ名をもたないものの生成のその刹那にこだわるということなのだ。他ならぬ土方が「肉体の叛乱」の舞台で、誰に突きつけられるというのではなく、自己の肉体に宣告したものがそれだと思うからだ。

偲ぶ会で見ることの出来た「肉体の叛乱」の映像の印象について語ることは 生々しすぎる。
私が「肉体の叛乱」に於て遭遇したものとは、どのようにしても語りつくしえないことというものを越えたところの、遭遇=事件であったが、それはまた、ことばによってことばを越えたなにものかを創出しようと四苦八苦する芸術家たちに、限りない勇気と挑発をもたらしたのと同じように、私たち、その遭遇した同時代の複数のものたちに複数の声をもたらした。

そして、それらの声の外に、実在する土方巽の魅する力というものがあって、それが又、彼の看板の神話化に拍車をかけたかもしれない。

(誰もが 彼の名を通じて彼の外へと突き抜けねばならぬ)
彼の名が 実在の彼の魅力や思考とは別の地平でひとつのジャンルと形式とを形成したかに見えたまさにその時、掻き消えるようにして去った。

どこへか。──あらゆるものの声が消音するところの、あらゆる雑音を許容したまま未だ名ざされることのない<外>があることを証すかのように……。

その、葬送し切るなどということの到底不可能なものに殉じて。

──すなわち <外>に殉ずること。<外>が伝承される。

1986 Tokyo
室伏鴻