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「舞踏」とその踏み外し

1985

「舞踏」とその踏み外し
舞踏/その踏み外しに於て舞踏者であること。
流れ者の、その流れの名に於いて連署すること
「私」の喪失と忘失をこそ起点として自己の多数の名において生きること
自己の錯乱こそ力として。

ほとんど同時に、パリでそして東京で作ること。そしてイタリーでも。
ほんのわずかな時間的なズレと文化的差異に身を漂よわせながら──その漂流、その移ろいそのものを踊りの力とすること。

流れは、止むことのない現在の、その現在地と現在時との遭遇/別れの連なりであるように、その遭遇と別離にかけわたされた橋の"EN"の、縁ちの、その渡りそのものであること。その危うさになること。

白の偶発性の褥に身を横たえることは、別の眠りを生きることだ。すなわち、覚醒して身を流線形にひきのべ、そして立ち、たちどころにその立つ処に於いて、そのたち時の中に消失すること。あるいは迷走すること。私は私を意識的に踏み外すものだ。

その時、舞踏という形式は、耐えざる流れの、脱臼する流れのなかに在る。
それはまた、たえざる踏み外しに於いて露わになるなにものかだ。

身体はそのようなWAVEである。──立つその瀬戸際において崩折れてゆく別のなにものか。落下のフォルムのなかで介間見えるたえざる端*としての魂の波──エロスの涙……

私は三度 いや千度のおそれとおののきのなかの積極的なふるえである。私は果てしなく散逸するふるえる種子である。

そしていちどとして同じないはじまりの、終わることのないはじまりとして散種される、その「運び」── <運〉に縁どられたいのちであろうか?

それは悦ばしき漂流である。

ぼくKo Murobushiはスタスタ坊主である。悦ばしき漂泊である。いつでも道の途上にして、はじまりのその端縁においてわたしの踊りがあるように、「運び」、その渡りのあおのさなかにおいて、ようやく哀切の〈肉体〉は介間見られる、非・在=非・点であろう。

点滅する輝きの 未知の 無垢の星のように 航行をつづけること。

1985 秋 パリ

1985
室伏鴻

Description

4月にパリでやるのは、お客さんと踊る自分、踊る自分を見ている自分、それらの距離の間にもうひとりの作者を挿入することで、そういった距離、関係に踊らされるってところを目指したいと思っているんですが。パフォーマンスは14日間あって、なぜか9人のアーティストを選んで、ニューヨークの小杉武久さんからはオリジナルテープと行為の指示、中西夏之氏からは彼のデッサン帖からの任意の引用、クレプスキュール(註:ネオ・アコースティック系の先駆をなすベルギーの音楽レーベル)のピアニスト、ヴィム・メルテンスとは即興的デュオを二晩、土方さんにもお会いしまして、いくつか対話とも指示ともとれるものをいただきましたが、ほかに松浦寿輝、細川周平、後藤治、小沢秋広、カルロッタ池田との関わりのなかで多量の組み合わせを作ってみます。確実な演技や主体的な行為でなくて、逆に自分を攪乱させてしまう。そのことで客と場所をも攪乱するというのかしら。つまり、あるめまい、めまぐるしさと、とらえどころのなさのほうへ逸れていく、すり抜けていくという状態で踊るってことなんです。

室伏鴻 宇野邦一氏との対談より

 

本プログラムの中で即興的に踊られた「EN」はその後一つのソロ作品として 踊り継いでいかれることとなった。

All works

EN

EN

1989
Utt|EN|9Performances Creations

Utt、EN、9Performances Creations

1985
EN|Ephémère

EN、Ephémère

1988
EN

EN

1985
EN1985