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マリリンモンロー葬列、菊 テレビ、
Sacred flag-a solar eclipse、缶CAN、神聖日蝕旗、etc

1970

Info

日時
1970
活動内容
Experimental Event-performance
開催地
東京
開催国
日本
主催
まんどらごら
出演
experimental Events Group 'まんどらごら

Description

ジックやジャズに聴き惚れ、映画「ウェストサイド物語」を見て「ジョージ・チャキリスとリタ・モレノにやられた」青年は、学生運動全盛期でヒッピー・ムーブメントのさなかだった早稲田大学在学中、(以下「」は室伏・談)「詩を書いたり、一方で、身体を動かすのが好きでラクビーとかやっていた」けど、「演劇は、言葉の問題もあるし、自分には不似合いだと思った。そして、それが芸術表現なのか、何なのか、ともかく身体にまつわる問題が残って引っかかっていたんだ。おどりという問題は、観念にあるわけです」。そこで政治運動に心を砕くセクトとは距離を取りつつ、「今で言えばストリート・パフォーマンス、ハプニングに近ようなことをやろうと、グループを作ってね。マリリン・モンローの追悼式とか、皇居の前でストリーキングのようなことをやってみたり、マンションの一室で自傷のパフォーマンスをしたり、変なことやってましたよ。そうこうして方向が定まらなかった」。そんな中、「土方さんの『肉体の叛乱』(註・土方巽舞踏公演『土方巽と日本人──肉体の叛乱』。1968年10月9、10日、日本青年館)があった…(中略)…カッコよかったですね」。そして「(註・土方巽が「美術手帖」に寄せた「犬の静脈に嫉妬することから」と、土方が被写体となった細江英公の写真集『鎌鼬とが』)私には『肉体の叛乱』とほとんど同時の体験だった。ステージにかぶさるみたいにテキストと写真集が追っかけてきたという感じで、『犬の静脈に……』は、異様な感動で読んだ。どんな文学者もついに到達できない文体だと思ったし、その後の自分の歩みに決定的な方向を与えたのは土方さんのこの短いテキスト・声だったと思うんですね。で、『肉体の叛乱』の次の年に、(註・高校の同級生だった)ビショップ山田とついに土方さんに会いに行ったんだよ。『どうしたら弟子入りできますか』とお願いしたら、『君たち、乱交パーティ用の肉体を探しているからと言われた』。
(Y.O)

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