2013年室伏鴻プロデュース「外の千夜一夜」を皮切りに、2015年室伏の死を経た後、私たちは「苛烈な無為」、「真夜中のニジンスキー」等、室伏のテクストから読み取れるキーワードをもとに継続的な対話を重ねてきた。 明瞭になりつつある絶対的不可能性の時代に、抵抗が消尽として出現するためには何が必要とされているのか。
第一部Symposium「21世紀ベケットパーティー QUADをめぐって」では、消尽というテーマそのものが消尽される。
第二部Creationでは、ありうべからざるQUADの上演が、映像「QUAD」の変容された上映とともに試みられる。
消尽のプロセス、その実体化の空間的、論理的構造が、QUADの非合法的舞台上演の試みと共に浮き彫りにされるだろう。
第三部「ドキュメンタリー上映+クロージングシンポジウム」では、議論そのものが消尽に向かう。
終末論が消滅した後で、つまり、『勝負の終わり』の後で、私たちはQUADとともに思考と実践の海を漂いつづける。
Welcome to our QUAD Project.
“Finished. It’s finished. Nearly finished. It must be nearly finished.”
椅子があり 坐っては離れる そのくりかえし
ココが場所でないこと ココが非―場所であることを 証明するコト
そのコトの その不在証明の為にだけ 身体を使役すること 消費 消耗させるコト!!
所有というものの放棄=自己放棄 意識的に為される自己の放棄とは
すべての有用なものへの 有用性へのレジスタンスである
無用なものとしてとどまるコト
倫理=力の消尽というエチカ
──室伏鴻