市川雅
舞踏の第3世代、室伏鴻、山海塾のヨーロッパの公演活動はめざましいものがあり、今世紀末のジャポニズムとして文化史に跡を残すのは確実になってきている。その室伏鴻が池袋西武のスタジオ200で5年ぶりに東京公演を開いた。チラシには、「5年ぶりで踊る機会を持たせて戴くことになりました。土方巽の突然の逝去への追悼の意を込めて……」とある。土方の死は舞踏にとって大きな意味をもっていることは誰も否定できないだろう。悲観的な見方をする人のなかには土方の死によって舞踏の衰微は早められたという人もいる。ともかく、土方との距離を計算しながら、舞踏作品を見ていこうとする批評的態度はここ数年続くにちがいない。
室伏は約10トンの塩をスタジオに運び込み、その上で舞踏を始めた。塩は水分を吸い、肉体に傷みを与え、腐敗を防ぐ性質があることを考えれば、この舞台に置かれた塩は視覚上の白さ以上に、腐敗を拒む永遠性といったものを象徴しているのかも知れない。室伏は塩を前にして椅子に腰掛け、鋭い視線を放ち、背中を丸め、手探りで暗闇を歩くかのような手付きをする。衣装は白いスカートの上に厚手のオーバーコートを着けている。室伏は全身でひきつりを起こし、痙攣する。変成、生成への恐怖から、汗と痙攣が生み出されていく。視線の鋭さと肉体のしぐさの間にはアンビバレンツな力が働いているように見える。その間隙は広がるばかりだが、室伏はようやく空間に探りを入れ、肉体のユニティを実現しようとして、腕を手を横に差し出す。緩慢ではあるが確実に手で探っていく。舞踏と肉体の攻めぎあいがあり、室伏は分節化と非分節化の接点に立とうとする。様式と脱様式の相互侵犯。
この1部はやく20分であるが戦慄的であり刺激的ないくつかの瞬間があった。肉体は様式に充填されるかのように見えながら、肉体自身に帰っていくが、この繰り返しは断続的にポリリズムを伴って、間欠的なひきつけのようにおこなわれる。物質と交錯し、物質の影を刻印された肉体の抽出という土方巽の生涯のテーマは、どのように室伏に関係しているのだろうか。おそらく、室伏には物質に偏した肉体という観念はない。彼の分節と非分節の接点は、点であるがために、危機的で不安定ですらあり、むしろ抽象的な空間に属している。
しかし、あの猫背のように丸められた幅の広い背中は何であろうか。土方を想起すればどてらやがに股が関係づけられるが、室伏の場合は肉体の前部に襲ってくるボディブローに対して、肉体を引いて襲う力を軽減しようとするもののようだ。室伏は立ちあがり、腕をあげていき、足で床に堆積した塩を取り除き、溝をつくって進もうとする。意志的な直接所為がここには見られる。彼は倒れ伏し、暗転となり、ふたたび異なった場所から出直そうとする。そして再び暗転となる。溝を掘る直接行為は、全身に受苦を与え、彼は倒れる。塩の不滅な性質が行為によって試されている。暗転の後、室伏は戸口の光に向かって走り去る。
2部での半裸の寝転がっておこなうダンスは1部の中ですべておこなわれつくした結果であり、1部20分間で私には充分であった。愚行と大スペクタクルに行き着いている日本の舞踏状況のなかで、室伏の作品は身振りの生成に立ち会おうとする果敢な試みであった。日本から遠ざかっていたことによって、核心がよく見えるのかも知れない。