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1992
7月9日から9月30日の日記。「少年十字軍」のフランクフルト公演、イタリアでの「En」公演、ローマ、ミュンヘン、ジュネーブ、ウィーンなど移動しながらの公演、ワークショップの様子。後藤治の’Air’についてなど。「少なくとも5つの技法 Basicな 踊りの中心では すべての技法・手法は消去される 技と態 そして あらゆる 表象の消失の点がめざされている と 感づかれること。〈鑑賞〉の壁が払拭される時、そこに 制度としての劇場 演劇をこえて 〈見世物〉への前方的回帰が獲得される。」(7/10 ミュンヘン)。「[音]溶鉱炉のノイズ いかなる形象的な ノスタルジックな 音・メロディー リズムをも溶かしこむ 炎の力を持つ音 は 重工業の 鉄の時代の 象徴として限られたものではあるまい。しかし、実際 時代の音は 脱・工業化とともに超情報化時代とともに変容をとげた。ノイズは 今 炎を必要としない。あるいは それはクール[冷たい 静かな炎 しかし さらに強度を持って すべての境界に浸透し 溶かしこみ 鍛えなおしてゆく 水のような あるいはairのような 流体としての炎。そして溶鉱炉の炎が 鉄を溶かし あらゆる形あるものを 無形にかえたあと 何が再生するのか。─最初のこえ 白いこえ 誕生・再生を告げる 産ぶ声 ─しかし そのまえに それを その新生を よばうこえ 招喚する 導入するこえ 切り開く 誕生の為に ヴェールを切開する 混沌に 切り口を入れるこえ 冷たい・青い儀式の刃とともにあるこえ。」。浅田彰の「ヘルメスの音楽」の中からの抜き書き。〈闘争論〉。「(その時は)朝着いて 夕刻ナポリへ向かったのか よく覚えていないが イタリーのブロンドは小つぶなのだ。そして愛嬌が強い太陽の日差しの下で輝いて見える。男たちも皆 善良な不良少年に見え、そのうちじぶんが盗難に会ったことも’愉快な出来事’になってしまう。Romaは女たちを美しくする。なぜか?汚れていて 廃墟の輝きは オシャレの われわれの生きている’現在’時を際立たせる。生命と歴史のコントラストをまぶしい太陽の陽光が歓待し、全肯定している街 Vespaは 車の人工的な騒音が走りぬけ 交差・混在する。信仰の終わった街の’祭式’が街いっぱいにあふれたという感じであろうか。’82年といえば 既に10年前の昔だ。このVanniの椅子に坐ってのんだイタリアン・ビールの軽快さは今も変わらぬ。昼食時か 心なしか人の流れが落ち着いたようにみえる。」(7/25)。「リリアナ・カバーニとの仕事。きのう彼女が ていねいに話してくれた 彼女の新作の台本のテーマ。思想的な背景は 人間の本能について。いかにその可能性を肯定的に前方へと開くかということだ。歴史による抑圧・変形・疎外・名づけられることによる〈制度〉下への統御から われわれの存在・生のよろこはしさを奪回すること。その〈媒介〉としての Spectacle という考えであろう。それが なぜ〈Butoh〉であるのかに答えを与えてくれ というのが 彼女のきのうのPropositionなのだ。」(7/25 ローマ)。「昨夜は寝つき悪く 夜半起き 菅啓次郎のエッセイなどを読む。「クレオール主義」の提唱・・・今福龍太の一冊とともに。今もっとも アクチュアルで新鮮な力を感じる。」(7/29 ミュンヘン)。「急ごしらえで 特別注文のCreationのわりによく出来たというのが感想だ。が、久しぶりに新しいソロ作品をつくるのに ほんとうにやりたかったことだろうか。Velvetというタイトルは別のことだった。 新しいソロといったって われわれの’非連続’の感覚 切断されて’連続’への郷愁と意志に支えられた生命的な孤独感──それは演じられるものではなく 身体的に 既にいつでも 先取りされて 顕われてくる。そして 既にいつでも 生きられているものなのだ。*余は文学だ。踊ってみればわかる。そこでは、’現在’という意志と力に可能雨ものはない。〈演じられるものではない〉とは そのこと。いかに演じてみても 結果は われわれが われわれの’現在’に踊らされている事にはかなわない。踊ってみれば それは 余りにも自明なことなのだ。そこで為されるムリな造作はムリである。「無造作・自然態」といったものを 大野一雄氏のように賞*ようというのではない。’現在’というものの 鋭くきわどい断面とは 方法的に切り取られるものでもないのだ。しかし そこに その現在こそが踊りの’場’であり そこに在りつづけようとする意志と 生命的な意志力(あるいは本能といっても良いが)との攻めぎ合い・抵抗の場 遭遇との切断!はぐれること 離反とむすびあうこと 接合・接続 それが全てなのであって 踊ってみたいほんとうの事など ありもしない!(後略)」(8/15 ウィーン)。