Ko Murobushi Exhibition

展覧会アンケート

存在の闇である、見つめる光である。手放し受け入れ見つめる、そして自らがここで呼吸をする。膨大な直感の思考の亡霊を前にし、今この現在を観察する。その瞬間既にあるものと、そして未知のこれから訪れるもの。その確信に飛び込む恐怖。もう一度呼吸しよう。それが私の現在です。ありがとうございました。

室伏鴻エキシビション「Faux Pas/踏み外し」について

不世出の舞踏家・室伏鴻が2015年に逝去して10年が経過した昨年、ウィーンで開催される欧州最大のダンスフェスティバル「インプルスタンツ」で室伏に関する展示やレクチャーが開催された。東京で室伏鴻のアーカイヴカフェShyを運営する渡辺喜美子さんが、その企画のすべてを担い、イベントを成功させた。世界中で、とくヨーロッパで日本が生んだ舞踏に対する関心が強いわりには舞踏に対する誤った解釈が少なくないなかで、ウィーンでのイベントはもう一度、原点にさかのぼり室伏の思考と行為をとおして舞踏を見つめる試みであった。
 今回、東京で「Faux Pas/踏み外し」というタイトルのもとに開催された室伏鴻エキシビションは、昨年インプルスタンツでの成果をふまえて、Shyとル・ティロワというギャラリーで開催された。この2箇所は徒歩2、3分なので容易に行ったり来たりが可能である。
 室伏は1972年の大駱駝艦創立に参加。当時同じく参加した天児牛大が後に数名によるカンパニー山海塾、大須賀勇が白虎社という大所帯のカンパニーを結成した。つまり、麿、天児、大須賀はそれぞれ、舞踏のスペクタクルということで世に出ていき、ずっとその体制を維持したのに対して、室伏はおもにひとりで踊り続けた。室伏ほどにひとりで試行錯誤を繰り返しつつ思考し、挑戦し続けた舞踏家は内外で例がないだろう。展示はそんな室伏の足跡を、備忘録、ノート、手紙、手記など彼の<内側>から、そして内外の新聞や雑誌や写真など〈外側〉から…と、内と外の双方から見えるように設置されている。そして双方が交わるところはどんな時空なのかを、訪問者にひとり一人にうながして問い、想像させる。そんなふうに見る者を刺激せずにはおかない。現在、世界中に舞踏を志す者が少なくなく、その圧倒的多数がソロで踊るものなので、室伏の辿った道はますます内外の人々に関心をもたれるはずだ。
 室伏を知らない世代の人たちが、意外にも多く来てくれていたような気がする。今回展示された資料をこれからどのように、世界のより多くの人の眼に触れるようにして、次の世代に手渡せるのか。将来に向けての課題も考えさせられた。

今回の室伏鴻展で1番印象に残ったのは、やはり『北龍峡Night』でした。
ほぼ45年ぶりに会う人も何人かいました。嬉しかった!最初はもうほとんど忘れているのだけれど、話をしていくうちに膜が剥がれて明らかになっていく、そんな感じのこともありました。 また、当然その場にはその頃を知らない人も多くいたのですが、そんな方達と会話をしていて新たに知ることも多くありました。 昔を語っているのに新たな思いを得ることが出来たのです。 昔話の夜かと思いきや、私にとってはとても新鮮な夜でした。

対話するアーカイヴ

早稲田にある室伏鴻アーカイヴShyの第一会場の本棚には、箔押しの絢爛豪華なポスターが目を引く。窓には印字された室伏氏の言葉が張ってあったり、所狭しとチラシなど室伏氏のお気に入りや美意識の片鱗で埋め尽くされている。窓際の長テーブルには室伏氏の収集した資料やカードや切り抜き記事などが広げられている。
これら室伏氏の生きている間は自分の分身のように切実なものとして書かれたメモや日記や、切り抜きされた記事など、こうして掘り起こされなければ捨てられ、灰になってしまいかねないものたちだ。言葉や思考に長けていた室伏氏の日々のノートや日記は時間をかけて読み解かれ、活字にされ本になったことで私も読め、亡くなった室伏氏が何を考えていたか想像しながら、この遺された様々なものたちと出会える。
そしてこのアーカイヴShyはこうして遺された一つひとつが紐解かれている場である。室伏氏が生きている時にはそう思って出会っていても、核心は聞けないままで、今は残された言葉から妄想する。そしてこうした言葉を発する人に出会えないことを残念に思いながらも、そこから自分なりにもがいていくほかないのだと感じる。
そんな残念な気持ちを払拭させてくれるのがShyのイベント。いつも盛況だ。参加して本当にワクワクする。今回の2日間もまた刺激的だった。ウィーンでも話されたお二人はそれぞれにまた新たな視点を切り出された。前回は動きの論理的思考がダンスするかのように展開された堀氏は今回、室伏氏の言葉とビデオを詳細にみることから始まり、深まり広がっていった。そして宇野氏の今回の話は本当に感動的で、これからがますます楽しみなエキサイトする内容だった。もう一人フランスからの女性研究者も、繊細で深い理解による切り口からの展開が鮮やかで、またゆっくりとうかがいたい。
終わってからも味わい深い時間で、それなりの理解ではあるけれど、思ったことを直接話せることは本当に有り難く素晴らしい場である。

第二会場は、右手にはランダムに貼られた初期の頃の舞台写真、左手には舞台の制作ノートなどが並び、中央には室伏氏の蔵書である当時の舞踏関連の写真集やカタログが並べられている。タブレットには作品の映像、そして突き当たりの壁には映像作家による映像が大きく映し出されている。
その左手には、室伏氏の日々書き綴ったノートと筆記具や本、CD、吸い殻入れ、そして靴…と、かつて部屋にそうあったように、いつでも使ってもらいたがっているかのように置かれている。室伏氏がここに照れ笑いしながらふらりと現れてもおかしくない…そんな気がする場になっていた。

名指せない切実さに触れる

この東京の展示はウィーンと違って、室伏氏の仕事や言葉に出会うだけでなく、こうして見ている私自身もここにいて、室伏氏がなにか切実にしてきたものごとの感覚に出会い、そうした存在に少し触れさせてもらっているような、そうした温かな気持ちになる展示だった。
それはきっと、このアーカイヴの主宰者渡辺喜美子さんが自然に生み出していることではないかと思う。

室伏氏は土方巽との出会いを「次元を獲得する体験」とも考え、「その人に固有な、と名指すことの不可能なようにされた何ものか」と書いた。渡辺さんもまた、室伏氏とのこのような体験を胸に、自身の歩みを続けているのではないかと感じた。

とはいえ、室伏氏の遺されたものをこうして整理し展示し、アーカイヴShyを運営するには大変なエネルギーが必要だ。渡辺さんはこの仕事を、さまざまな協力者とともに行ってきた。まさに室伏氏の書く「共同体は、その外へ向けて開かれる」を体現しているようにも思える。

室伏氏の言葉とともに外へ開かれ、ウィーンへそして東京へと移動したアーカイヴ。「私とは移動である」と室伏氏は書くが、さらに「私とは、渡しではなかろうか。わたしとは、また、わたすものなのだ」と続ける。ウィーンと東京の展示を通して、このアーカイヴがその言葉の通り、渡すものとして存在していることを私は感じた。ただここで言うアーカイヴは、意図的継承ではなく、触れたものが生成されるような在り方として捉えたい。

室伏氏はその後に「しかし、何を、渡すことが、そして何が、渡す。」と最後に問う。この問いに対して、このアーカイヴはひとつの応答だったのではないか。アーカイヴがただ記録の保管だけではなく、開き、渡す可能性を今回私は実感した。

もちろん、こうしたことは容易ではない。アーカイヴされる人の思想があり、それを感受し、推進し、生成へとつなげていく人がいて初めて成立するものだ。今回、このような可能性が確かにあることに喜びと励ましを感じた。

室伏鴻展はShyと近くのアトリエでの2会場で開催されていた。Shyにはもともと室伏の資料が多数保管されているため、彼の蔵書を背景にして舞踏の講演開催を知らせるポスターが主に展示されていた。空間の広かったウィーンの会場ではあまり感じなかったが、Shyの限られた空間に並んだポスターはどれも強烈な存在感を放っていて、これもまた美しかった。会場のファサードがガラスで室内が良く見え、表通りを歩く通行人が時々覗き込んでいた。歩いて3分ほどのアトリエにはウィーンでの展示の一部が再現されていた。扉をあけた正面では壁面にフィルムが上映されていて、室内に入ってすぐに室伏の世界に引き込む仕掛けとなっていた。また当時を知る人たちの記録も配られた。Shy では初日から3夜に渡りシンポジウムが開催された。私は初日と3日目に参加したが、会場は満席で公演後の懇親会も盛況であった。
今回のイベントでは単に室伏の功績を伝えるのみならず、彼の舞踏が今でも新しい人々に新鮮な刺激を与え続けていることが再度確認できた。ウィーンと東京の2つの文化都市での開催の成功はひとえに主催者の労力に負うところ大であるが、今後も絶やさずに続けてもらいたいと願っている。