鉛色の閃光が走る

石井達朗

舞踏は、われわれの想像を遥かに越えて、海外の舞踊界で強い関心をもたれている。北アメリカ・南アメリカ、西ヨーロッパ・東ヨーロッパ、そしてロシア、フィンランド、イスラエル、インドネシア、韓国などの都市で、舞踏公演や舞踏フェスティバルが行われ、舞踏を志す者が日本を訪れる。去年は韓国の国立劇場で大掛かりな舞踏フェスティバルが開催された。butohは今や国際語なのだ。ただし、土方巽という一人の天才を創始者とする舞踏の歴史が四十数年経った現在、真に強度を感じさせる公演は少ない。表面的な技術やスタイルが先行してしまいがちであるからだ。そんな状況のなかで、室伏鴻は心身のすべてをかけて舞踏に正面から向き合っている。こういう舞踏家は希少である。

黒い帽子に黒いコートで現れた室伏は、手の指の先にまでほとばしるようなテンションを漲らせる。次に暗転からフェイドインした時、鈍い光を発する裸体が薄明かりに横たわり、瀕死の虫けらように床を転げまわる。終盤は大音響のノイズのなか、アルミ板の上の砂を散らし、激しく倒れる動きを執拗に繰り返す。モノと化した鉛色の身体が、閃光のような衝撃を発し続けた

quick silver』は、土方が撒いた種を室伏なりのやり方でいかに成熟させているのかを、しっかりと刻印した感じだ。舞踏とは、西洋の舞踊美学が目をつむってきたものの中に、ひたすら下降することである。終わりのない見事な下降を続ける室伏を、これからも見届けたい。

2006
『DANZA』 2006年8、9号

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