小沢秋広
「ういういしい」や「みずみずしい」が、おどり手の身体に課されたさまざまな条件、すがたかたちや動きやその繰り返しを通じ、しみるように伝わってくる。自身のソロであっても振付けた作品であっても、室伏鴻のおどりに固有であったものだ。日常の時間であれば、気恥ずかしさに戸惑うような「うぶ」なもの。楽しい、悲しい、つらい、さみしいといったこころの仮相もしくは涙や笑みやわらいといった表れの仮相をまとわせて、そんなものに立ち会わせるようにおどりがあった。ソロに明瞭であったように、身体をそんなところに差し向ける行程がおどりであった。その道筋を拓くように、しばしば「ことば」が要請された。求められたのは、身体の内部で実となって動作となるようなことばではなく、身体を浸す同時代の空気を敏感に映しながら、身のなりや振りとなるほど熟していないもの。中空に鋭角に張り渡されて際立つことばたちだった。ニーチェ、バタイユ、デリダ、ドゥルーズ・・・・のいくつかの概念につき、少なからぬ会話を交わした。そんなとき、訳された日本語としても原語の日常言語としても、熟したことばからは遠い「へだたり」を危うくまたぐような概念のすがたにおどりをさぐっていたのだと、いまにしておもう。
室伏鴻のおどりの「ういういしさ」や「みずみずしさ」は、成熟しないという意志にではなく、成熟しないと成熟できないとを、折り重ねたところににじんだ。ことばによって向かおうとするところで、からだが密度を増し硬くなるように折れて重なる。「しない」と「できない」を、この二つを折り重ねるようにおどりがあった。主調はおのずと、持続(ながれ)よりも切断におかれた。おどりの中に突然に訪れる切断と新たな開始は、いつも脆く危機的な移行となった。そんな移行を、1度ならずいぶかしく感じたこともあったが、鴻はいつも果敢であった。そしておどりの中の持続と持続、シークエンスとシークエンスの移行の間に、不思議な自画像が浮かんでくる。ミイラになろうとする若者が年を重ねていくような、異形に親しみを湛え、移行が生であり死であるような。土方巽の舞踏から引き継ごうとしたものがなんであったのか、聞くことはなかった。熟さないままに、生が身体が、抱えているものにかかわっていたと察する。それを飄として立ち上げはこぶ移行の繰り返し。その貫徹は見事でしかない。