室伏鴻様

越智雄磨

室伏さん、あまりに急なことで未だに信じられない思いです。展示準備のためにお借りしていた多くの写真、映像、テキスト、録音させて頂いた声に触れながら、動揺しています。日々の思索が蓄積された11つの言葉に、思想と情動が賭けられた一瞬一瞬の動きに、室伏さんの血の通った身体の存在感が確かに刻印されていると感じています。それにもかかわらず、この世に最早いらっしゃらないというこの強烈な違和感にどう向き合えばよいのでしょうか。
渡航される前に、若輩の研究者である私の拙い質問に対しても心優しく対応してくださり、多くのお話を聞かせてくださいましたね。室伏さんの優しさと懐の広さに深く感謝しています。そして、話を伺う度に、文学や哲学に通暁されている室伏さんの卓越した知性と教養に敬服したものでした。
室伏さんと初めてお会いしたのは、資料整理のお手伝いに高田馬場のお宅に伺った2012年、私がパリで研究を開始する数ヶ月前のことでした。1978年にパリに赴き、ロングラン公演を成し遂げた室伏さんの年齢は奇しくも当時の私と同じ年齢でした。海外について現在よりもずっと不確かな情報しかなかった時代に、未踏の領域を切り拓いてパリで大きな成功を収めてきた室伏さんのお話に大いに刺激を受け、感嘆し、その後パリで研究生活を送る上での勇気を頂きました。私は室伏さんの薫陶を受けた1人であると言わせてください。
最後にお会いした日、「今日のインタビューで決着つけようってのは無理かもよ」と笑顔で仰いましたね。尽きないお話をいつまでも聞いていたかった。その日に頂いていたアルフォンソ・リンギスの本を、訃報を知った直後に開いてみました。栞が挟まれていた頁には「死の代替不可能性」について書かれており、衝撃を受けました。室伏さんの死という事実と、その事実に立ち合った私たちのことを言っているようにしか思われなかったからです。この体験を室伏さんからの「贈与の一撃(un coup de don)」として受け止めさせて頂きたいと思います。敢えて別れの言葉は申しません。私にとって、あなたはやはり、生と死の縁で、現在から未来へと貫かれる時間の切っ先で、踊り続けている舞踊家です。
あなたからの大いなる贈与に対して感謝と敬意を込めて。

2015
『〈外〉へ!〈交通〉へ!』