2013
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ『千のプラトー』は、室伏が最も熱心に読み耽り、傍線を引き、欄外には走り書きを、ときには付箋を施したもののひとつ。蔵書中、とりわけて「1730年─強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること」と、「1837年─リトルネロについて」、「1227年―遊牧論あるいは戦争機械」の頁には、渾身の力をふるってテキストと格闘した跡が、今も生ま生ましく息づいている。(Y.O)
触れること、<野蛮な繊細さ>で空間と時間に触れること、触発し触発されること・・・そうして空間と時間を〈再構成〉し続けること。リトルネロ、領土化と脱・領土化(「動物と人間の<あいだのもの>になること」「知覚しえぬものになること」もそこに含まれる)、その反復・リフレインとともに絶えず移動し・生成変化すること。私のカラダが触れているステージのフロアには、同時に観客も触れている・・・私の爪が引っ掻いている壁は、同時に観客の爪が引っ掻く。そうして空間と時間は、誰のものでもない<外>のものとして成立するのだ。
室伏 鴻