4回夕焼け祭り

1977

Info

日時
1977/8/13
活動内容
公演
開催地
石川
開催国
日本
会場名
獅子吼高原スキー場 特設会場
主催
FOB
開催事業名
4回夕焼け祭り

Description

今から遥か昔の1970年代、カウンターカルチャーというか、サブカルチャー全盛だった京都から金沢に戻った頃、京都時代の 「 京一会館 」 や 「 京大西部講堂 」 での体験に激しく感化を受け、20代の頃は種々雑多な監督特集のオールナイト上映会とか、スリーピー・ジョン・エスティスを含むさまざまなブルースコンサート、オーティス・クレイのコンサート、はたまた 「 北方舞踏派背火 」 などの暗黒舞踏公演などなど、今から思えば我ながら良くぞと思うほど本当にさまざまなイヴェントを企画し、主催していたものだった。

そしてそうした中、今となって一番印象に残っているのは、やはり 1977年鶴来の獅子吼高原スキー場で行なわれた 「 第4回夕焼け祭り 」だ。

もともとは小松出身のバンドである めんたんぴんが 1974年山中町の臨峰園で始めたこの 「 夕焼け祭り 」、その間に彼らのコンサートを何度か手伝ったり、主催させてもらったりしているうちに懇意となり、地元のメジャープロモーターであるFOBとともに今回規模を拡大してコンサートを行なうこととなったのでと、マネージャーの柴田さんから誘われたのがきっかけだった。

とにかく、今思い出しても身震いしそうな、この出演メンバーの凄いこと。
旧知の憂歌団はさておき、基本、浅川マキさん=マキさんつながりと、めんたんぴんつながりのメンバーが揃ったわけだけど、よくぞこれだけのメンバーが顔をそろえてくれたものだと思う。

そして本番もそうだったけれど、その準備がまた大変で、大駱駝艦の麿さんはコンサート2日前にいきなり 「 にきくん、すまんがナナハンのバイク20台くらい当日揃えてくれ 」 とか予告なく突然言いだわ、さらには会場に断りなく勝手に階段を削り始めたりするわと、しっちゃかめっちゃかにことは進んでいたけど、無理が通れば道理引っ込むとでも言うべきか、とにかく麿さんの思い通りにことは進行するのが、まさに目から鱗だったのでありました。

基本、大人であるFOBとめんたんぴんヘッズが実務を担い、現場仕事を不思議屋プロ ( という名前で活動していました )があれこれ手伝うという形で進行していった中、開催日が迫ったある日、マキさんがコンサートに出ないと言い出していると聞かされ、夜遅くに深夜喫茶に呼び出されたことがあった。

ことの詳細はほぼ忘れたものの、要するにマキさんとFOBとの間にコンサートに対しての考えの違いがあり、着いた時にはすでに硬直状態で何とも険悪な状態。
そこで何を思ったかあろうことか突然 「 マキさん、俺を信じてください 」 と根拠なく訳の分からないことを言い出したところ 「 あ、そう、にきくんがそう言うんだったら任せるわ 」 と言ってくれて、大汗をかいた23歳の夏だったのでありました。(ニケ ブログより転載 https://blog.goo.ne.jp/nikidasu/e/82d1a4730b4c140d72d3d30eb3f1fe59)