1981
室伏のおどりの根幹にあるのが、けっして背景を飾らぬ点。吊り物や、意表を突く数々の過剰な大/小道具で観客を驚かすことを好んだ室伏だったが、劇場正面のホリゾントそれ自体は装飾的要素の一切が厳しく排除されていた。額縁舞台からの絶縁も睨まれていただろうが、何より身体一つのみをもって空間を支え、変容させることこそが、室伏の揺るがぬ信念であり、自負でもあった。そんな室伏にとって、三方を客席が取り巻く増上寺の空間は出発点にして到達点でもあったろう。立ち尽くす室伏。背景にはベートーヴェンのピアノソナタ「月光」第一楽章。手垢にまみれた、あの途切れることなき三連符が、突っ立っているだけの室伏の身体から放射される熱によって、ヒエロファニー(註・聖なるものの顕現。室伏が好んで繙いていた宗教学者ミルチャ・エリアーデの鍵概念)よろしく荘厳化する瞬間。架空の狩猟民族が弓を放つユーモラスな群舞や、マイク・オールドフィールドのアルバム「QE2」収録の「アライヴァル」を用い、全員で延々と腰を揺らすフィナーレまで、何もない空間が多彩に変化を重ねていった。
(Y.O)