室伏さん、ありがとう!

石井達朗

2015619日の朝、家の留守番電話へのメッセージ「室伏鴻が亡くなりました」が、いまだに脳裏から離れない。メキシコにいるマネージャーの渡辺喜美子さんが、気持ちの動顛を抑え、悲しみのどん底からその一言を絞り出している。そんな声だった。その瞬間に生まれた途方もない喪失感。それは今日まで少しも埋められない。

土方巽が蒔いた「舞踏」という種は、いまや日本での想像を遥かに超えて地球上に広まっている。北欧、東欧、南米でも舞踏を志す者が出現している。「舞踏フェスティバル」を開催する欧米の街もある。その背景には山海塾、大駱駝艦、大野一雄など以外に、室伏鴻、中嶋夏、岩名雅記など個性の強い舞踏家たちが海外で地道につづけてきた公演やワークショップの影響が計り知れない。

とくに虚飾を排し、自身の身体を「さらし者」になるまで貶めて空間に差し出した室伏は、孤絶の域に達していた。これは最早、他の者に伝授することなど不可能だ。誰にも教えられない、誰も学べない領域。そして舞踏を志す者は、「模倣」からもっとも遠い、この名付け得ぬ領域に自力で立ち向かわざるを得なくなる。

室伏は大変な読書家で、フランスの現代思想に通暁していた。酒の席では、毒舌・暴言を交えて談論風発を導いた。しかし彼の舞踏と同じく、究極のところ彼は自問自答を続ける自立した「考える人」であった。残された膨大な量の備忘録がそのことを語っている。

・・・・室伏さん、ありがとう! これからもわれわれと一緒にいてもらうので、合掌などしません。天国では好きなビールとタバコ、思う存分やってください。

2015
『〈外〉へ!〈交通〉へ!』