常闇形7インテルメッツオ・幕間

鴻英良

舞踏も然る事ながら、まず劇場が素晴しかった。南青山、地下鉄外苑前駅のすぐそばにあるLotus Cabaret Shyに室伏鴻という舞踏家の「常闇形ひながたNEONもしくはNEANTの炸裂」という仰々しい題名の舞踏公演を見にいき、そう思った。

勿論、劇場の素晴しさは、舞踏に対する感動への入口である。室伏鴻の企みに加担するためのイニシエーションは、劇場に入るときに始まっていた。

僕の手にしたチラシにはShyオープン記念と書かれていたので、何か小奇麗な芸術キャバレーの誕生を予想していったのだが、見事に裏切られてしまった。場所は、雑居ビルの地下室で、勿論、ロビーなどという気のきいたものはない。

踊り場と言うのも気がひけるぐらい狭い踊り場があるだけで、すぐに入口の扉があり、狭い踊り場は受付の机を置くのがやっとなのだ。しかも、その扉は鉄の扉である。

ようやく鉄の扉を開けてもらうと、その先は物凄く急なコンクリートの階段になっていて、転げ落ちないように注意しながら、降りていくと、行き止りになっている。コンクリートの壁がむきだしのまま放置された倉庫のような感じのその狭い一角が劇場である。

指定席30席というのだから狭いのは当然なのだが、指定席といっても要するに、床に白い布が敷かれているだけなのだ。

席に、というより床に坐ると、目の前にはやはり白い幕が下がっていて、空間はいよいよ狭く感じられ、牢獄か何かに閉じ込められているような気がしてくる。受付の男は看守なのかもしれないなどと思っていたら、男は看守ではなく、地獄門の門番なのだということが段々と解ってきた。つまりここは墓の中なのである。

人間は墓所で永遠と対話するという。私たち30名足らずの客は、室伏に導かれて、これから何と対面するのか、あの白い幕の向こうには何があるのだろうかなどと思っていると、突然、真暗になった。これからが、いわゆる舞踏の始まりである。それにしても、心憎いばかりの演出ではないか。

地下の墓所は、文字通り、常闇となり、やがて白い幕と白い床の間に、うずくまるようにしている人影が浮かび上がる。顔に白い包帯を巻いた墓のなかの住人木乃伊は、着物を前後逆に着、頭から赤い帯のようなものをかぶってうずくまっているが、かすかにうごめいてみえる。震えは動きにかわり、やがて立ち上がるこの眼を奪われた男の仕草は、冥界での覚醒を表しているのかもしれない。そして、覚醒が同時にもたらすものは苦痛である。白い幕と白い床の間にある小さな四角い台の上で延々続けられる動作は、この男が、この点のような場所から永久に解放されないことを暗示しているかのようであり、背後の白い幕が、いよいよ威圧的に見えてきて、実に息苦しかった。終始鳴り響き、狭い墓地の内部を埋めつくす音響が、耳をつんざくように高まるまでに、彼が耳を押さえるのを見ていると、この男の苦痛は、もはや狂気に近いことが理解できるが、室伏の苦痛と狂気は、信じがたいくらいの苦行を私たちに強いるのである。

しかし、室伏が背後の威圧的な白い幕を破り捨て、幕の向こう側に青白い透明な光が射してきたとき、私たちは言い知れぬカタルシスを感じるのだった。

勿論、舞踏家の顔には、いまだ白い包帯が巻かれ、眼球を奪われたこの男の覚醒と苦痛は続いている。

やがて、彼は舞台の後方にある冷蔵庫の中に消えていき、舞台は闇に包まれる。ひとしきり続いた闇の中から、コミカルな音が流れてきたかと思うと、少女の白い衣装をつけた室伏が、その音楽に合わせて動いている。坊主頭の男が、白眼だけをギョロつかせて花嫁衣裳に似た少女の服の首から頭部をのぞかせて、コミカルなリズムに合わせて動いているのを見るのは、何ともグロテスクであり、滑稽である。

この滑稽でグロテスクな踊りを見ながら、僕はベラスケスの「侍女たち」のマルガレーテ王女を思いだしたりしたが、この男の再登場がさわやかな感動を呼び起こしたのは、悲劇性から喜劇性への鮮やかな転換のために違いないのだ。

この先の解放を快く味わっていると、コンクリートの壁を火が走る。そして室伏が最後に舞台奥で火を燃え上がらせたとき狭い墓の内部は、炎で満たされたが、その猛烈な炎に包囲され一瞬ひるむ私たちの前で、覚醒の苦痛を通り、生の喜びにたどりついた室伏は、その火を自由に操り、(背火!その分析の最も美しい炎・死地に立つこと)という理念を肉化するのである。

言語の死を肉体の覚醒に送り返す舞踏家は、肉体を限りなく殺ぎ落としていく。覚醒から始まり、火をも操る「人を超えたる人」になるまでを演じた室伏の、肉を殺ぎ落とした肉体は終始霊的な光彩を放ち、美しく、感動的な舞台だった。

November 1981
『ART JOURNAL』

Related Work

常闇形Ⅶ
「NEONあるいはNEANTの炸・裂──SiLENCEあるいは炸・裂・点」 

常闇形Ⅶ 「NEONあるいはNEANTの炸・裂──SiLENCEあるいは炸・裂・点」 

1981