2 Jun.2016

〈外〉の千夜一夜に向けて

鴻英良

で、この、室伏さんの、そのエイリアン的な身体の在り方っていうのは、一体どっちなんだっていうことが、これが実は、本当は問われているんじゃないのか。

で、僕は室伏さんのさっきの98年の作品を見たときに思ったのは、フランシス・ベーコン的な意味の内部から形態なきものが流出してきて、そしてそれがその皮膚の表面を打ち崩して、そして外、外に出ようとしている。外に出ようとしているその外を身体化しようとしているときに、果たして内というものが力なのか不在なのかというふうなことを考えることによって、舞踏というものの、今日的ポジションというか、そういうものを考えていくことがなんか意味があるんではないのかなというふうに思い始めたんですね。

要するにレザ・アブドーは裸体を何の可能性もないものとして、横たわる肉体として提示している。だからこの舞台は極めてグロテスクなんだけども、そのグロテスクな様相は、誘惑や視線の欲望と関わることも、エロチシズムに転化することもなく、いたずらに空虚としてそこにあるにすぎない。観客の中に欲望を目覚めさせようとする意図はここには一切なく、ただ可能性のついえたものとしての肉体がそこにあるばかりなのだ。で、肉塊の内部はもはやどんなエネルギーも欲望もおこりえないものとしてそのようなとき皮膚は汗や匂いを伴ったものではなく、外部と内部を媒介する境界としての意味すらもない、持ちえない。それはほとんど純粋な皮膚でしかなく、記号として機能するしかないのだというふうなまとめをしたんですけども、で、問題は、だから、何か同じことをくりかえして言っているみたいですけども、室伏鴻における、脱形態化の外への思考というものがですね、内在性というようなものに還元できるのかどうか。内在性というものを否定するような形で、外を思考するというようなことが、その身体のエイリアン化みたいなものとして実現していたといえるのかどうかということが、室伏鴻論のけっこう革新的な問題系になるのではないかというね、そのへんをみなさんにちょっと聞いてみたいと思いつつ、今日ここにやってきたわけです。

先週ちょっとここに来て、この本[室伏鴻の蔵書のなかの一冊『二十世紀劇場』を手に取りながら:渡辺]を開けてみてみると、ここにものすごくたくさん線が引かれているんですよ。これ、室伏さんが引いたんですね。で、「最近、土方巽の舞踏を記録したいくつかの映像を見る機会を得た。」[と、室伏鴻が線を引いた個所を読み上げる:渡辺]。映像を見る機会があったんですね。で、「その少しあとで、土方巽に関するシンポジウムがあって、その場で、舞踏家はエイリアンに似ていると言ったら、怒りだすものがいた」という文章があるんですけど、そこのところにまた室伏さんが線を引いたんだね、これね。(笑)

だからね、「エイリアン、ベーコン、土方、これらの間のつながりは、」勝手なことを書いてありますね、「単なる偶然ではありえない。それらはともに物質の起源をわれわれに指し示そうとした者たちだからである。」だから物質の起源というふうなところにつなげていいのかどうかという話なのね、逆に言うとね。物質の起源というのは神話的身体である。で、神話的身体。まあ、エイリアンのモデルというのはセイレーンですよね。例の『オデュッセイア』に出てくる、要するにサイレンですよね。それが、神話的起源としての神話的身体としてのエイリアンに舞踏が似ているというふうに言うのは本当は正しくない。神話的身体でないエイリアンの新たな継承としての舞踏っていうことを考えるにはどうしたらいいかっていう、そういうふうなことをまあ考えるべきではないのか。つまり神話と啓蒙との間の抗争からいかにして抜け出るか。つまり神話的世界から、その起源から、啓蒙にいたるプロセスというのが一つの文化史的な流れとするならば、啓蒙に至らない神話的身体、さらに神話的身体を啓蒙に至ることなく拒否する、そういうような時代というようなものを我々はどういうふうに表象すべきかというようなことを、ちょっと、考えてみたらどうか。そういうような話を……、さっきから、メキシコの人たちは室伏鴻をスピリチュアルなものとして受容することによって自分たちの領域の中に舞踏を抱え込んでいこうというような傾向があるっていう話を、なんかさっきみなさんしてましたけども、そういうものではないものとしての舞踏の身体と外というようなことがどういうふうに日本の、例えば、文化的な歴史の中にどういう形で位置づけることができるのかというね。

で、ちょっと全く飛びますけど、大野一雄ね、大野一雄と土方という、要するに舞踏の創始者といっていいんですかね、二人の重要な。大野一雄の身体は虚体であるっていうふうに一年くらい前になんとなくそう思ったんですね。土方に例の有名な「命がけで突っ立っている死体」という定義があるじゃないですか。しかし、大野一雄は命がけで立ってないんだね。あれね、虚体なんですよ。要するに、この虚体感覚って何かって話なんですけど、この虚体って言葉はもちろん私の用語ではなくて、埴谷雄高の用語ですよね。『死霊』の中に出てくるね。『死霊』っていうのは、日本が戦争に負けて、そしてすぐに敗戦後の戦後の中の文学運動として始まった近代文学という雑誌に連載されてたんですよね。これは結構重要なことだと思っていて、だから、いつ書かれたのかということなんですけど、要するに戦争に負けて価値観が一気に崩壊して、そして虚空の中に投げ出された人間がその身体感覚として虚体っていうようなことを言い始めた……。それを大野一雄が自分のダンスとして作り上げたんじゃないのかというね。

そういうふうな意味で、戦争と敗戦というのがなかったら大野一雄っていなかったんじゃないのかなっていう気がするんですね。それで、これ、あんまり日本の近代演劇史の中で、1945年というのが議論されることってあんまりないんですよね。これ非常に不思議なんですよね。僕はそのことを気にし始めたのは、ピナ・バウシュが1940年生まれなんですよ。戦争にドイツが負けた時に5歳なんだよね。これは結構重要で、5歳頃って記憶にあるでしょ。2歳のころの記憶ってあんまりないと思うんですけど、5、6歳の時、身の回りで何が起こったかっていうのは、かなりいろんなことを覚えてますよね。

それで、ピナ・バウシュは戦争が負けたときにゾーリンゲンのカフェか何かの経営者の娘だったわけですけど、だから、カフェ・ミュラーというのは自伝的な作品なんですね。あのカフェ・ミュラーの少女は、盲目で喋ることができない。つまり、言葉と目を、見ることとしゃべることをはく奪されているんですね。これってようするに、戦争に負けたときに見ることとしゃべることを剥奪された少女の物語なんですよ。突然ドイツが負けたんですね。それはいいんですけど、更に重要なのは、ゾーリンゲンの同郷人ていうのがいてですね、これは、アイヒマンなんですよね。英雄が、だからよく似ているんだね、戦後の日本とね。英雄が、要するに俗悪人になるわけですね。それが同じ町の人間なんですよ。

唐十郎は1940年生まれなんですよ。で、戦争に負けたときに5歳なんだよね。日本の戦後のアングラ小劇場運動の中心的なメンバーというのは、35年から40年の間に生まれてるんですよ。ですから5歳から10歳にかけて敗戦を経験しているんだよね。

大野一雄はそれよりちょっと歳は上なんだけども、要するにこの真空状態みたいなものをどう歴史化するかというようなことが、戦後の日本の演劇にとって非常に重要な問題だったんだけども、だから、大野一雄の虚体みたいなものと、土方の身体とを比較するというような、そういうふうなことにまでもこの室伏鴻におけるエイリアン的身体の両義性みたいなものをつなげて考えていくと、日本文化論みたいなものに舞踏を繋げていくことができるのではないかっていうふうに思っていて、私はそんなことをちょっとこれから調べてみようかと思っているところです。

 

Profile

鴻英良

1948年、静岡県生まれ。東京工業大学理工学部卒、東京大学文学部大学院修士課程修了。現在、演劇批評家。著書に、『二十世紀劇場──歴史としての芸術と世界』(朝日新聞社、1998年)、訳書に、アンドレイ・タルコフスキー『映像のポエジア──刻印された時間』(キネマ旬報社、1988年)、タウデシュ・カントール『芸術家よ、くたばれ!』(作品社、1990年)など。

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